本記事は、公的機関および査読付き学術論文により報告されている情報を整理したものです。特定の疾患の診断や治療を目的とするものではありません。急激な腹部変化や痛みが伴う場合は、必ず医療機関にご相談ください。
「食事をすると、まるで妊婦さんのようにお腹がパンパンに膨らんで苦しい」。
この現象は医学的に「腹部伸展(Distension)」と呼ばれ、特にアジア人のIBS(過敏性腸症候群)患者において、腹痛以上にQOL(生活の質)を低下させる深刻な悩みとして報告されています。[1]出典:日本消化器病学会 (JSGE) / Asian Consensus
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パンやパスタを食べた後にこの症状が出るため、「グルテン(小麦タンパク質)が原因ではないか?」と考える方が多いですが、最新の消化器病学の研究は、全く別の犯人――小麦に含まれる「発酵性の糖質」と「小腸内の細菌」の関係を指摘しています。
1. 犯人はグルテンではなく「フルクタン」?
長らく、小麦による不調はグルテンのせいだと考えられてきました。しかし、2018年に発表された画期的な臨床試験が、その定説を覆しました。
オスロ大学による決定的な実験
「自分はグルテン過敏症だ」と自覚する患者59名を対象に、中身を知らせずに「グルテン入りバー」と「フルクタン小麦や玉ねぎ、ニンニクなどに含まれる発酵性の糖質(オリゴ糖の一種)。入りバー」を食べ比べさせたところ、驚くべき結果が出ました。
症状を誘発したのはグルテンではなくフルクタンであった。フルクタン摂取群では腹部膨満感が有意に悪化したが、グルテン摂取群はプラセボ(偽薬)群と差がなかった。 出典:Gastroenterology (Skodje et al.) [2]出典:Gastroenterology (Skodje et al.)
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つまり、パンを食べてお腹が張るのは、タンパク質(グルテン)のせいではなく、小麦に豊富に含まれる発酵性糖質(フルクタン)が腸内でガスを発生させているためである可能性が高いことが科学的に示されたのです。
2. なぜ「ガス風船」のように膨らむのか
では、なぜフルクタンはお腹を膨らませるのでしょうか? それは人間の消化能力の限界と、細菌の働きに関係しています。
人間はフルクタンを消化できない
実は、人間の小腸にはフルクタンを分解する酵素が存在しません。そのため、摂取されたフルクタンは100%未消化のまま腸内を進みます。そして、腸内細菌のエサとなり、急速に発酵して水素やメタンガスを大量に産生します。[3]出典:Journal of Gastroenterology and Hepatology (Monash Univ)
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研究によると、フルクタンの一種であるイヌリンは、他の食物繊維と比較しても、極めて大量のガスを発生させることが確認されています。[4]出典:Gut (Gunn et al.)
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3. 小腸で細菌が増えすぎている「SIBO」の疑い
通常、ガスの発生は大腸で行われますが、食後すぐに(30分〜90分程度で)お腹がパンパンになる場合、SIBO(小腸内細菌増殖症)本来細菌が少ないはずの小腸で、細菌が異常に増殖してしまう状態。の可能性があります。
逃げ場のない小腸でのガス爆発
小腸は栄養を吸収する器官であり、大腸に比べて細く、ガスの許容量が非常に少ない構造をしています。もし小腸に細菌が増殖していると、食べた小麦(フルクタン)が小腸通過中に発酵・ガス化してしまいます。
狭い小腸内で急激にガスが発生するため、風船のように内側から圧迫され、著しい膨満感や突き出るようなお腹(Distension)を引き起こすのです。
日本人にも多い「隠れSIBO」
日本でのSIBOの実態はまだ研究途上ですが、新潟大学の研究グループによると、慢性的な腸の不調を持つ特定の日本人患者群において、約50%という高頻度でSIBO(水素ガス陽性)が確認されたというデータもあります。[5]出典:Niigata University / Research Square
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4. 「ゆるやか」な実践へのアドバイス
グルテンフリーにこだわらなくても、「発酵しやすい糖質(FODMAP)」を控えることで症状が改善する可能性があります。[6]出典:Frontiers in Nutrition (Arabpour et al.)
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- 主食を「米」にする: 米はフルクタンを含まず、小腸でガスを発生させにくい食品です。パンやパスタの代わりに、ご飯(おにぎり)を中心にした食事を試してみましょう。
- 玉ねぎ・ニンニクに注意: これらも小麦と同様に高フルクタン食品です。これらを控えるだけでも、食後の張りが変わるか観察してみてください。
食後の異常な張りは、腸内細菌からの「エサ(糖質)が多すぎる」というサインかもしれません。
参考文献・出典
- [1] Evidence-based clinical practice guidelines for irritable bowel syndrome 2020. 日本消化器病学会 / Asian Consensus.
- [2] Fructan, Rather Than Gluten, Induces Symptoms in Patients With Self-Reported Non-Celiac Gluten Sensitivity. Gastroenterology, 2018.
- [3] Evidence-based dietary management of functional gastrointestinal symptoms: The FODMAP approach. Journal of Gastroenterology and Hepatology.
- [4] Psyllium reduced inulin-related gas production in patients with IBS. Gut, 2022.
- [5] Hydrogen-Positive Small Intestinal Bacterial Overgrowth (SIBO) in Japanese Patients… Niigata University, 2024.
- [6] Efficacy of gluten-free diet in irritable bowel syndrome: a systematic review and meta-analysis. Frontiers in Nutrition, 2023.
