「些細なことでイライラしてしまう」…その背景にある脳と腸の意外な関係– 些細なことでイライラ…その原因は「腸の炎症」と「血糖値」? –

【免責事項】
本記事は、公的機関および学術論文により報告されている情報を整理したものです。特定の疾患の診断や治療を目的とするものではありません。自制できないほどのイライラや抑うつ状態が続く場合は、必ず心療内科等の専門機関にご相談ください。

「以前なら気にならなかった些細な一言に腹が立つ」「理由もなく不安で落ち着かない」。こうしたメンタルの不調は、性格やストレス耐性の問題ではなく、体内の生化学的な反応である可能性が、近年の研究で示唆されています。

鍵を握るのは、脳と腸が神経やホルモンを通じて連絡を取り合う脳腸相関(Gut-Brain Axis)脳と腸が迷走神経などを介して双方向に情報をやり取りするネットワークのこと。腸内環境が感情や認知機能に影響を与えることが分かっている。という仕組みです。本記事では、腸内環境の変化や血糖値の変動が、どのように脳の感情調節に影響を与えるのか、公的な研究データをもとに解説します。

1. 「幸せホルモン」の9割は腸にあるが、脳には届かない?

メンタルヘルスを語る上で欠かせないのが、精神を安定させる神経伝達物質セロトニン「幸せホルモン」とも呼ばれ、気分の安定、睡眠、食欲の制御に関わる重要な神経伝達物質。です。

一般的に「セロトニンの約95%は腸管内に存在する」という事実は広く知られていますが、実は腸で作られたセロトニンは、脳を守る関門(血液脳関門)を通過できません[1]出典:PMC (National Library of Medicine)
研究論文: Serotonin signaling to regulate energy metabolism (2024)
。つまり、「腸でセロトニンを増やせば、そのまま脳に届いて幸せになれる」というのは、生化学的には正確ではありません。

炎症が招く「セロトニン不足」のメカニズム

では、なぜ腸内環境が悪化するとメンタルが不安定になるのでしょうか。最新の研究では、「炎症」が鍵であるとされています。

  • 腸内環境が悪化(ディスバイオシス)し、体内で慢性的な炎症が起きる。
  • 炎症反応により、セロトニンの原料となるアミノ酸(トリプトファン)が、セロトニンを作る経路ではなく、毒性のある別ルート(キヌレニン経路)で消費されてしまう[2]出典:PMC (National Library of Medicine)
    研究論文: Gut–Brain Axis and Neuroinflammation (2024)
  • その結果、脳内で使える原料が枯渇し、セロトニン不足や神経細胞へのダメージが生じる。

つまり、腸を整える意義は「セロトニンを脳へ送るため」ではなく、「脳内でのセロトニン合成を邪魔する『炎症』を抑えるため」であると考えられます。

2. グルテンと「漏れる腸・漏れる脳」

腸の炎症を引き起こす要因の一つとして、小麦などに含まれるタンパク質「グルテン」と、それに対する免疫反応が注目されています。

グルテンの過剰摂取や体質的な感受性がある場合、腸の細胞結合を緩めるタンパク質ゾヌリン(Zonulin)腸壁の細胞間の隙間(タイトジャンクション)を調整するタンパク質。過剰に分泌されると腸のバリア機能が低下する。が分泌され、腸のバリア機能が低下する「リーキーガット(腸管壁浸漏症候群)」が生じる可能性があります[3]出典:PMC (National Library of Medicine)
研究論文: Evaluation of zonulin levels in patients with migraine (2024)

さらに深刻なのは、このバリア機能の破綻が脳にも波及する可能性です。血液中の炎症物質が脳へ侵入しやすくなることで、うつ症状や倦怠感が引き起こされるメカニズムが研究されています。

うつ病患者における抗体保有率のデータ

日本の大学病院による研究では、うつ病患者におけるグルテンへの免疫反応について、以下のような結果が報告されています。

うつ病患者における免疫学的グルテン感受性(抗グリアジンIgG抗体陽性)の保有率は、健常対照群と比較して有意に高い(37.5% vs 9.8%)ことが示された。

出典:兵庫医科大学 プレスリリース「精神疾患におけるグルテン感受性関連解析」

このデータは、従来の「心の問題」とされてきた症状の一部が、実は食事や腸内環境に起因する身体的な反応である可能性を示唆しています。

3. 空腹時のイライラは「命を守るための攻撃性」

腸内環境に加え、日常的な「血糖値の乱高下」もイライラ(易怒性)の直接的な原因となります。

甘いものや精製された炭水化物を摂取した後、急上昇した血糖値を下げるためにインスリンが大量に分泌されます。その反動で血糖値が急激に下がると(反応性低血糖食後数時間で血糖値が急激に低下する現象。不安感、動悸、イライラなどを伴うことが多い。)、脳はエネルギー不足を危機と判断します。

この時、身体は血糖値を無理やり上げるために、以下のホルモンを一気に放出します。

  • アドレナリン・ノルアドレナリン:攻撃性、不安、焦燥感を高める[4]出典:NCBI Bookshelf
    資料名: Hypoglycemia (StatPearls)
  • コルチゾール:ストレスホルモンとも呼ばれ、長期的には脳の神経細胞に悪影響を与える可能性がある。

英語圏では、空腹(Hungry)と怒り(Angry)を組み合わせた“Hangry”という言葉がありますが、これは心理的なものではなく、アドレナリン分泌による生理学的な「戦闘モード」の状態と言えます。

4. 研究知見に基づく「ゆるやかな」対策

ここまで紹介した生化学的なメカニズム(炎症、バリア機能、血糖値)を踏まえると、メンタルヘルスケアとして以下のような生活習慣の調整が有効である可能性が示唆されます。

  • 血糖値の安定化: 精製糖質(砂糖、菓子パンなど)を控え、低GI食品を選ぶことで、アドレナリンの過剰分泌を防ぐ。
  • 腸のバリアを守る: グルテンを含む食品を一定期間控えてみて、体調や気分の変化を観察する(グルテンフリー食の試行)。
  • 炎症ケア: 腸内細菌のバランスを整える発酵食品や食物繊維を意識的に摂取する。

まとめ

イライラや気分の落ち込みは、必ずしも「心の弱さ」ではありません。腸内での炎症によるセロトニン合成の阻害や、血糖値乱高下に伴うアドレナリンの分泌といった、「身体の生物学的な反応」が大きく関与していることが科学的に解明されつつあります。

ご自身の食生活や腸の調子を見直すことが、心の安定を取り戻す第一歩になるかもしれません。


参考文献・出典

  • 出典元:PMC (National Library of Medicine)|Serotonin signaling to regulate energy metabolism: a gut microbiota perspective (PMC11803461)
  • 出典元:PMC (National Library of Medicine)|Gut–Brain Axis and Neuroinflammation: The Role of Gut Permeability and the Kynurenine Pathway (PMC11461658)
  • 出典元:PMC (National Library of Medicine)|Evaluation of zonulin levels in patients with migraine (PMC11792365)
  • 出典元:兵庫医科大学|精神疾患におけるグルテン感受性関連解析を起点とした新規治療手段の提供(科研費助成事業データベース)
  • 出典元:NCBI Bookshelf|Hypoglycemia (StatPearls – NBK534841)
  • 出典元:PMC (National Library of Medicine)|The correlation between gut microbiota and both neurotransmitters… (PMC10843545)
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